こわい


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漠然とした、行き場のない不安。
これまでの歩みとこれからの歩み

わたしはあるきます。
まっすぐ、一歩づつ

下を見ないように
前を向いて

この道

寒い
暗い

誰ひとりとして切り捨てることのない関係性の網の中で、わたしはそれぞれから何かを受け取り何かを贈り続けるのでしょう。その途方もなさ。

真にひとりになんてなれない恐ろしさ
飛び交う視線に切り刻まれませんように
優しさの裏を見ないですみますように
期待に応えられますように
生きて、生きつづけてわたしよ。わたしの存在があなたの裏切りにならないように。

みんなのあって欲しいわたしでいることがこんなに息のできないことなら、みんなのあって欲しいわたしなんて捨ててしまえばいい、と思うのだけど、怖くて、怖くて、怖い。
…嫌われるのが、裏切るのが、あなたの悲しい顔が、怒りが。

だれかわたしを殺して全ての罪を被ってくださればいいのに。

そんな愛なんて、ないって知ってる。

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こわい」への3件のフィードバック

  1. 先日受診があり(眠剤が切れてしまう、30日を超えて処方できないとかで)、「人が怖いのはなぜですか?これが病気なんですかね。なんて話しても、いつも主治医ははっきり語らない。まだ、言語化できないわたし。漠然とした不安は当然ある。診断がついて7ヶ月だ。初心者だものね。一人で生きているわけではないので、病気のことは最低限の人には伝えた。軽躁や転躁が自覚できるか、自信もない。私を客観視する人間が必要ということだ。この怖さがなくなるか、薄まってくれたら、私はもっと楽になれる気がする。とにかく人が刺激になるのだ。避けるか、しょうがないときはなんとか女優をして、今までの元気な私を演じる。そんな日の疲労感。普通に生きたい。

    1. わたしも一時期人を避けていた時期がありました。今もかな?じぶんに影響を与える刺激が怖かったです。
      躁転はないと主治医は言うけれども、わたしの中で「悪い予感がする高いテンション」というのがあって、本当に躁転していれば自覚はないんだと思うんですが、当時は双極2型と思っていたので、それを避けなければいけないと思っていました。
      なので、楽しいことを避け、笑うことを避け、バカ騒ぎを避け、平坦に平凡になんの波もない日常を送っていたら、いつの日かあまり笑わなくなったねと友達に言われました。少しショックでした。
      双極性障害にしても、他の精神疾患にしても、鏡のように自分の姿を言葉や態度で映し出してくれる人が必要です。
      そして、わたしは精神疾患であっても、希望を失わずに「活きる」ことが大事だと思っています。息を吸って吐くだけが生きることじゃない。

  2. 少し頑張って、女優を演じていたら、職場の人間はもとの私に戻りつつあると思ったのか、いろいろとハ-ドルを上げてくる。忙しく不在がちな上司に、できるだけ自分の状況を伝えないと、急に何を言い出すかわからない。用心しなくちゃ、と思って出かけた今日はやはり突然自分の都合で仕事を振ってくる。まどろこしいのだろうな・・・私が。満足に仕事をできない今の自分に負い目もある。女優などやってる場合じゃない。本音で話せる人と、話してもわからないだろうな、と思ってしまう人がいて、仕方ないが特に上司は話してもわからないだろうなと、避けてしまっている自分。これが現実だ、と覚悟して復職したはずなのに。甘いな。相手を不愉快にせず、こちらの気持ちを伝えるトレ-ニングが必要だ。これがリハビリだ。女優やっていてはダメだ。

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