一度断薬した後の薬の副作用、服薬しながらの仕事


先日少し躁状態になりました。
それでなんとなく一日薬を飲み忘れていたら、感情が抑え込まれる感じが抜けて、とても開放的な気分になりまして、次の日「どうしても薬をのみたくない」と思うようになってしまい、丸2日位何も服薬せずにいました。
そしたら、3日目に薬を飲んだ際、2ヶ月はかかって苦労して克服したセロクエルの眠気などの副作用がまるごと出てきてしまい、地下鉄に乗ったが最後、起きれなくて始発から終点まで1往復半してようやく目的地に到着という有様。。。
しかもろれつが回らず、取引先の人に「風邪ひきました?」と不審がられる始末。

2日の断薬でこんなに面倒な事になるなんて思っていなかったので、今少し後悔しているのですが、飲み続けている間は気づかなかった薬の効果の強さを改めて感じました。

薬を飲んでいなかった時に感じていた、沼にはまり込むような最悪な鬱状態、それに伴うリストカットや頬の内側を噛む癖、唇の皮を剥く癖はあまりなくなりましたが、逆に薬を飲むようになってから、爆発的なエネルギーで、仕事などの生産的行為に打ち込めなくなっていること、鬱も軽くなっているが躁状態も抑えられているので、生活の中に愉しみが見出せず煮詰まっているように感じます。

今日は日中を殆ど寝て過ごしてしまって、そのせいで終わっていない仕事の事を考えると頭が痛いのですが、薬を飲んでいると自分を深く責める事がなくなるので、実質出来ていないものがどんどん溜まって行って、あまり回らない頭でぼーっと眺めていることが多いです。

治療や服薬に対して消極的なことはここではあまり書きたくないし、あまり考えたくないと思ってきましたが、仕事量が今の私の能力を超えてきている現状と、薬を実際に数日間やめてしまったときに得た感触と、いろいろなものがない交ぜになって、今は少し薬に対して少し慎重な気持ちになっています。

例えば薬をやめたからといって、必ずしも仕事が上手くいくとは思っていません。
しかし、自分を深く責めてしまいながらも、与えられた仕事に向き合おうとしていたバイタリティーが、私にとっては社会に適応するために必要だったのではないか、という思いがあります。
また、同時に、これは悲しいことですが、薬を飲みながら今の私の仕事、デザインやwebの制作という突き詰めなければできず、時間も関係なく働かなければならないという仕事をするのは難しいのではないかと考え始めています。

これが自分の夢だったかというと、そうでもないですが、今まで独学で築いてきたものを放棄するのはやはり寂しい気持ちになります。

病前性格という言葉がありますが、診断が下りてから人というのは全く変わってしまうものなのでしょうか?

私は、自分の体をズタズタにしてまで仕事に尽くして何かを得ようと今は全く思えません。
薬が私を変えたのか、病気が私を変えたのか、どちらかと問われれば私は前者だと答えるでしょう。

病気だと診断が下りた以上、それも私の一部だと考え、常に向き合おうとしてきましたが、その向き合い方は人によって多種多様です。

薬は外の刺激から私を守ってくれる。
どちらかというとそれを避けるという方法で。

ただ、社会は避けることよりも、正しく処理をすることを求めます。私が弱いだけかもしれませんが、私は正しく処理をしたいと願ったとしても、薬を飲んでいると処理能力が足りないのです。
躁状態が異常だというのはよく知っています。そして躁状態の後には酷い鬱が待っています。
波があればどんな仕事にも影響するでしょう。

私は今人生の岐路に立っているように思います。

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